No.58 イタリアの浦島太郎

ischia2006-11-03

★癒しの日本


田舎で過ごした久しぶりの日本。
モイスチャーあふれる涼しい風。
耳いっぱいに聞こえてくる、蜩や鈴虫の大合唱。
懐かしい蚊取り線香の匂い。
ご飯とお味噌汁とお漬物の朝ごはん。
五感で感じる日本。


それは深い癒しでした。


以前、フィレンツェで知り合ったバイオリン弾きの友達が
言っていました。


「自分のバイオリン、イタリア生まれなんだけどさあ、
こっちに来たらそのバイオリンが良く鳴るようになったんだよね。
なんか故郷に帰ってきて喜んでいるみたいな感じで。
音が全く違う。いや、ホントにビックリするくらい。
やっぱりバイオリンってこっちのものなんだなって
思ったよ。このヨーロッパの気候に合った楽器なんだよね」


日本に帰ってきた私はまさにそのバイオリンのようでした。


時差ぼけで頭はシャッキリしないものの、本来与えられるべき
栄養(食べ物)をやっと取り入れることができた体は、
細胞一つ一つが喜び、
五感を通して日本を感じた脳にはアルファ波が発生、
心身共に深くリラックスしている気がしました。



そして、家族親戚はもとより以前と変わらず
迎えてくれた友人知人。


長い間会っていなかったとは思えないくらい
近くに感じられ、思い出話に花を咲かせ
近況を報告しあい、イタリアの話を聞いてもらい
楽しい時を過ごし、たくさん元気をもらいました。


本当にうれしかった!




★変化

何人かの人に言われた渡伊前と後の私の変化。


「前はもっと神経質だったけど、周りのことを気にしなくなったね」


「前は色々考えているんだろうけど、自分の考えを
絶対言わなかった。で、人には厳しかった。でも
今はそうじゃなくなったね」


ズバリそのとおり。


理由のひとつには、自分のやることに一生懸命でまわりを
気にしている余裕、必要がなくなったから。


そして「迷い」が無いため、
素直に考えていることが言葉に出てくるようになった。


もう一つの理由は、ちょっとしたイタリア人化。


例えばとても意地悪な人がいたとする。
日本だったら「なんなの!あの人」といって皆敬遠し
村八分にする。


ところがイタリア人というのは「あいつ嫌なヤツだよ」とか
「こんな酷いことするんだよ」と言いながら、普通に付き合う。


よくあんなヤツと一緒にいられるなぁと日本人的感覚だと
思ってしまうが、イタリアでは
その人の性格の悪さ、素行の悪さ、それはそれで
だからといってその人と付き合わない、
ということにはどうもならないらしい。


大喧嘩しても次の日にはいつもどおり「チャオ!」と
いって、何事もなかったようにおしゃべりが始まる。


バールに毎日やって来ては無銭飲食する男を
「アイツ、また来てるぞ」と言いながら
とっ捕まえない。


男は普段どおり店員とおしゃべりをして
いつの間にか金を払わずに店を出ていく。


とにかく、人のことをあまり気にしない。
日本人が他人に関して過干渉だとしたら
イタリア人は無頓着。


無頓着であることは「気にされないし、気にしなくていい」ので
楽ではあるが、腹立たしいことも多い。


なので気にしていたらキリが無いし、こっちがバカを見る。


「もう、しょうがないな」と言って腹を収めねばならんことが多く、
おのずと自分もイタリア人化し無頓着になる。


たぶん、これが神経質だった自分には
プラスに出たのだろうと思う。


人付き合いにおいては、日本にいたときよりもはるかに
楽になった。


でも、イタリア人を知ってから日本人をみると
人に対して細やかな気遣いができる日本人は
素敵だなと思う。




★浦島太郎


1年7ヶ月前、私は日本に「現実」を置いたままイタリアに来た。
これまでイタリアでの生活は非日常、
夢の中の出来事のようであったのに、
日本へ帰ってみると、そこには私の置いていった「現実」
は無くなっていた。


すでに私の現実はフィレンツェで始まっていることを、
日本に帰って初めて思い知らされた。


それは自分が望んでしていることであるのに、
何故だか一抹の寂しさを感じ、
帰るときにはものすごく後ろ髪を引かれる思いだった。


日本という竜宮城から現実の世界へ戻らなければ
ならない浦島太郎のような。


あっという間に日本での骨休み期間が終了し、気がつけば
フィレンツェ空港へ戻ってきていた。


あらっ?ここはもうイタリア…?
いや、夢かな?


まだ夢うつつの私を現実へ引き戻してくれたのは
空港から乗ったタクシーの運転手のおいちゃん。


「日本から旅行で来たのかい?あっ、こっちに住んでんの。
で、日本はどうだった?日本の食べ物はおいしいでしょ。
スシ、テンプーラ!うまいよね」


「そう、やっぱりスシはね、日本で食べなきゃ駄目だね。おいちゃん」


なんていう話をしていると


「お姉さん、名前は何ていうの?」
「何歳?彼氏はいるかい?」


おっと、出た!イタリアオヤジっ!
イタリアのオヤジはいつもこう。
挨拶と自己紹介とナンパはセットです。
氏名、年齢の後には「彼氏の有無」を質問されます。


でも、ここで「いません」などと言ってしまってはいけない!
厄介なことになります。


「彼氏?残念ながら私、彼氏いるんだわ、おいちゃん」


「オーノーっ!日本人の彼氏かい?じゃ、イタリア人の彼氏をもう一人
いらないかい?」


「おいちゃん、二人も彼氏はいらないでしょー!一人で充分だよ」


「そうかー残念だなー」


まったくイタリアのおやじってヤツは…。


でも、イタリアのオヤジがここにいるっていうことは、
ホントに、ここはイタリアなんだね…
ホントに、帰ってきちゃったんだね私…


がっかりしてタクシーを降り、家のドアを開けると


「おかえりー!! 今日帰ってくるから、ピザでも一緒に食べようと
思って待ってましたよー」


同居人が友達を呼んで待ってくれていました。


「アリガトウ」


久しぶりに食べたイタリアのピザは、おいしかった!


「もう、イタ飯は当分いらないって思ってたけど、美味しいね」


「でしょ!あそこのピザ屋はナポリ出身のおじさんが作ってるから
うまいんですよ。沢山食べて!」


うれしくてちょっと寂しい、複雑な気持ちで浦島太郎は
ピザをほおばったのでありました。


次の朝、留守中に自分宛に届いたという小包を
開けてみると、見覚えのある品々が。


「あれ?なにこれ?」


よくよく確認してみると、それらはパリでホテルの
従業員が食べてしまったと思っていたお土産たち。


半分はやはり食べられたようで全部ではなかったものの、
このホテルにも少しは誠意があったようで
残っていたものを送り返してくれたのでした。


何もないよりはマシだが、
なんだか、持って帰れなかった玉手箱を送り返され、
それと知らずに開けてしまい、
竜宮城でおばあさんに
なってしまったような気分になり、怒り再沸騰。



今頃遅いんじゃ、ボケッ!