No.59 『のろけるわけじゃないですけどぉ』

ischia2006-12-03

9月に我が家へやってきた新同居人の若造は
ちょっと変わったヤツ(日本人)である。


ヤツが前に住んでいた家を出た理由は
同居人だった日本人の女の子が
とっておいてあるご飯を食べちゃうから。


「朝、ご飯を炊いて食べて、残った分を鍋に入れたままにして
学校へ出かけたんですよ。で、帰ったら洗ってなかった食器を
洗っておいてくれたのはいいんですけどお、
『ご飯は食べといたから』って
笑って言われてえ。チョー理解できない。
笑うとこじゃないでしょーって感じで」


「それはないよねえ。で、どうしたの?何か言ってやった?」


「まーそのときはこっちも『なにー!』って
ふざけて怒っときましたけどお」


「ガツーんと言うたらナ」


「だってえ、嫌われたくないじゃないですかあ。
僕、小心者だから嫌われるのやだしー」


「嫌われたくない」という気持ちは分からなくない。
でもそれをなんの恥ずかしげもなく言っちゃうところがスゴイ。


そんなことで嫌になって引越しを決断するというのも、
君、イタリアをなめとるで。


ヤツが我が家へやってきて一週間ほど経ったある日。


「うちのテフロンのフライパン、剥げはじめてるから
新しいの買いませんか?」


というので
「あ、そうだね。テフロンって剥げたの良くないっていうし、
新しいの買おう」


彼の意見に賛成すると


「じゃ今度一緒に買いに行きませんか」


「へっ?」


ちょっとめんどうに思って
「適当に好きなの選んで買ってくれていいよ。
あとでお金払うからさ」

が、何日たってもなかなか買ってこない。
どうしたのかと思っていたら、ある日


「今日時間ありますか?一緒にフライパン買いに行きませんか」


おいおい、新婚さんじゃあるまいし、
何故フライパンひとつのことで
アンタとわざわざ連れ立って買い物に出にゃならんのさ。


「私ちょっと今日は忙しいから、
適当に買っておいてもらってもいいかな」


「はぁ、わかりました…」


フライパンひとつくらい自分の買い物のついでに
さっと買ってくればいいじゃないかと思うが
彼はこの「適当に」というのが苦手なのか、
ラーメン屋に一人だと入りづらいという女の子のように、
男一人では金物屋に入りづらいのか。


後で聞いたのだが、ヤツは「買い物は人と行ったほうが
楽しいから人と行きたい」のだと言う。


特に女の子と一緒だと自分が入りにくい店にも入れるし、
一人では気づかないものを見ることができるからいいらしい。


もっともな意見にも聞こえるが、女の子のようである。


夏の終わりに、一時帰国していたヤツの彼女が日
本から帰ってきた時は


「ちょっと彼女の家へ行ってきます」


と夕方からいそいそと出かけて行った。
その日の夜中寝ていると、携帯からピーっとメールの着信音。


「こんな夜中に誰?」


眠い目をこすりながらメールを見てみると、ヤツからで


「終バスに乗り遅れました。明日帰ります。すみません」


「すみませんってアンタ、わしゃ寮母さんかいっ!」


思わず携帯に向かって入れたツッコミ。
アホかっ。


小学生じゃあるまいし、外泊でも何でも勝手にしたらええがな。
誰もアンタのことなんか心配しとらんわい。


また、ある日の夕食後


「今日何かやることとかありますか?
無かったらちょっと飲みませんか?」


珍しいことを言ってきた。


なにかあるな…と警戒しながら
ヤツが近所の量り売りするワイン屋で買ってきたワインを
開けたので、私がアテに日本の彫金の先生から送ってもらった
貴重なおせんべいを提供して宴を始めるた。


「彼女が僕と付き合うのはここにいる間だけ、
フィレンツェ限定だからって言うんですよぉ。
『私、日本に帰ったら嫁にいかなあかんし』とか言ってぇ」


ヤツが彼女の話を始めた。


「へー。で?」


「でェー実は彼女には日本に付き合ったり
別れたりを繰り返してる彼氏がいてェ、
この前日本に帰ったときもそいつと会ったりしてるしー
留学終わったらそいつと結婚したいとか言いだしてえ」


「それはびっくりだね」


「も、意味わかんないって感じでぇ。チョー焦りまくりですよ。
でもそいつ、彼女がメール出しても返信してこないっていうしー」


「なんでそんな人と結婚したいのかね」


「彼女はやりたいこともないし、
生きていくことを考えると将来いろいろ大変だから
嫁にいっとかないとって思ってるんですよ」


「ふーん」


「でもーのろけるわけじゃないですけどぉ、
僕、遠距離でも続ける自信あるしー
そんなヤツに比べたら絶対僕のほうがいいと思うんですけどぉ」


「そーかもね。君は遠距離とか続けそうなタイプだよね」


のろけるわけじゃないですけどぉ、
彼女と付き合えたことはホントに自分にとっては
ラッキーなことでぇ、いつも一緒に遊んではいたんですけどぉ
他にもライバルいっぱいいたしー
その中で彼女は僕を選んだわけでぇ
まさか付き合えるとは思ってなかったからぁ…」


ヤツはこの『のろけるわけじゃないですけどぉ』を
連発しながら彼女との悩み多き恋の話を
延々2時間も話し続けた。


女のノロケ話も度が過ぎるとムカつくもんだが、
こんな男のノロケ話は女々しくてなんだか情けない。


しかも彼女にしてみれば、男同士の話ならまだしも
こんなに自分のことを事細かに同居人であり同姓である私に
ベラベラとヤツがしゃべっているのを知ったら
きっと嫌がるだろう。


男性脳と女性脳の違いで
男性は悩みがあった場合、会話の中で‘解決策‘を求めると
本で読んだことがあるけど、ヤツは違う。


女のお喋りと一緒で、ただ人に話を聞いて欲しいだけ。
ダラダラぐちぐち同じ話をリピートしながら話し続ける。


ヤツは完全な女性脳である。


本人は真剣に悩んでいて話を聞いて欲しいのだろうが、
こっちにしてみれば本当にどーでもいい。



「でぇ、最近も一人ライバルが現れわれたんですけどぉ
そいつはもう4年くらいこっちで働いてる人でぇ、
彼女が言うには
『私にしたら働いてるか、働いてないかは大きな違いやで。
働いてない男はアカン』って言うんですよぉ。
そんなこと言われても僕いま学生だし、しょうがないしー」


「アンタ、完全に尻に敷かれとんな。
そうやってわざと焦らせるようなこと言ったりして。


だいたい日本に彼氏がいるとか、また帰ったら
復縁するとか言わんでもいいことを
わざわざ言うってことは、君に追い駆けて欲しいからじゃないの?


一回『そんなこと言うなら勝手にすれば』って突放してみたら。
絶対立場逆になって、今度は追い駆けられる方になるから」


「えー!!!そんなの絶対無理だー!僕にはできないっ」


まーそうだろう。君にはできんだろう。
まったく情けない。


そうグチグチしている暇があったら、
しっかり稼げる男になるようにせっせと勉強せんか。



最後にヤツは私に聞いてきた。


「ところでいつ日本へ帰るんですか?」


ヤツは前から何度もこの質問をしている。


「だからさ、わからないんだって。
まだいたいんだけど、お金はないし仕事も見つからないし。
なんとかしなくちゃいけない。でも何で?」


「いや、彼女が2月に帰るんですけど、
帰る前の1ヶ月間は一緒に住もうって
言っててぇ。もし部屋が開くならそっちの部屋の方が
広いから移りたいなと思って」


何度も聞いてきた理由はそれか。
なにかっていうと人の部屋を見たがってたのも、それか。


とうとう貯金残高が底をついてしまい、青くなっている私に
「いつ帰るのか」と何度も聞くとは
「早く帰れ」と言っているも同然。


ケシカラン。


君、お金の無い私が「まだ居たいんだ」といって仕事を探したり、
内職して日銭を稼いで頑張っているのを知っておろうが。



「確かなことは言えないけど、まだ私はいるつもりだよ」


そう言ったのをヤツは聞いてなかったのか


「どっちにしても誰か探さないといけなくなるな、一部屋空くなら」


まったく無神経にもほどがある。


その2、3日後。ヤツの彼女が遊びに来た時、
また同じことを彼女にも聞かれた。


「いつまでいるんですか?」


この人達はまったく…


「わからないんだよね。まだいたいんだけど、仕事が見つからなくてさ。
がんばってあと1年はいたいんだ」


と言うと


「もし、部屋出るなら私、彼と一緒に住むから大丈夫ですよ」


『大丈夫』って何が大丈夫なんだ!
帰るとも帰りたいとも、わしゃ一言もいってないだろが!
何でそういう話になる?
こいつらアホか?


なかなか仕事が見つからず、
今度どうやって生活していこう、
日本へ帰らねばならんのか、いやまだ帰れぬ。
どうしよう…。
毎日悩み苦しんでいる私を、知ってか知らずか
無神経にグサグサと刺していくヤツらが憎たらしい。



きっとヤツらの中では、私が日本へ帰ったら
「あの部屋を2人で借りよう、あの部屋は広いし
専用バスルームもあるし2人で住めば家賃も半分で済む。最高じゃん!ウシシシ」
ってな話にまで進んでいるんだろう。


頭はもうそのことでいっぱい。
自分たちのことしか考えていない。




負けずに私もチクリと一言。
「あのさ、残念ながら私まったく帰る予定はないから」


帰る予定がないわけではなかったが、
こうなったら帰ってなるものか!
やつらに部屋を明け渡してなるものか!